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2013年11月21日

酒弱男の居酒屋探訪記(その2):「鳥市」(渋谷)


「流行の最先端を行く街」、「若者の街」…。渋谷と言えばさまざまなキャッチコピーが付く。
とかくミーハーなことが嫌いな俺ゆえに、渋谷と言えばまったくもって行く気の起きない街である。
そもそも歓楽街や繁華街、人がゴチャゴチャした場所が嫌いなのだが、歌舞伎町の猥雑さは好きだし、
池袋の異種格闘技的な、一種のカオスともいえる雰囲気も嫌いではない。しかし渋谷だけはダメなのだ。

雑踏を往来する若者たちは仮面をつけたように同じ顔で笑っているように見え、
街並みもどこか同じ方向性を、しかもコロコロと目先を変えながら、何とも無機的に見える。
渋谷という街全体が、なにか流行や時流という幻想に包まれ、その幻想に人は翻弄されているようだ。
そして俺はそんな渋谷の街がとにかく苦手なのだ。

2013年9月某日、どうしても外せない用事があり、渋谷へ足を運ぶこととなった。これが実に4年ぶりのこと。
めったに行かないと、渋谷という街は行くたびに表情が変わる。見たことのないような施設が建っていたり、
その逆に、かつて何度も足を運んだような施設が、知らぬ間に無くなっていたりするのだ。
相変わらずの閉塞感に息が詰まりそうになりながらも、用事を終えたのが21時前のこと。ちなみに日曜日。
このまま帰宅してもよかったのだが、久々の渋谷、もう少しこの街の感じを味わいたくなった。
閉塞感で息が詰まるのも、これはこれで異文化交流、同じ日本人同士の異文化交流みたいなものだ。

どこか居酒屋に入って軽く一杯やろうかと思ってみたものの、こちらは独りだ、どこも入りづらい。
渋谷という街は、ミーハー臭がプンプンするダイニングバーだののこ洒落た店は多数あるが、
大衆酒場的な、下町の一杯飲み屋的な店は数えるほどしかない。渋谷はそういう街なのだ。
太田和彦氏が推薦するような、銘酒系居酒屋はそれなりにあるようだが、それはそれでなかなか入りづらい。

京王線渋谷駅周辺、一般的にいうマークシティの周辺には、ちょっとした飲み屋街がある。
ここには大串焼き鳥で有名な「鳥竹」や、24時間営業で有名な「山家」といった有名店もある。
それ以外にも、大衆的な立ち飲みや、小規模で大衆的な居酒屋も多数見受けることができるのだが、
その「大衆」が若者のグループ前提の渋谷ゆえに、なかなか触手が動くことがなくウロウロとするのであった。

まぁ、有名店の「鳥竹」でもいいかと思っていると、京王線ガード下のようになったところに1件発見した。
9月末の残暑もまだ少し残る頃のこと、開け放たれた入り口に暖簾がかかり、中をうかがい知ることができる。
入ってすぐにカウンター。お客の姿はまばら。横のテーブル、奥の小上がりはそれなりに盛況。
そして客の年齢層は渋谷にしては高め。うるさそうなガキっぽい連中はいない。よし、決めた。

それが今回紹介する「鳥市」だ。焼き鳥ともつ焼きをメインとする、渋谷にしては珍しい大人の大衆酒場。
暖簾をくぐり、独りであることを告げるとカウンターに通される。店内はにぎわっているがうるさくはない。
とりあえずレモンサワー、そして煮込みにもつ焼き4本セットを注文。馬刺しが売り切れだったのは残念。
ほどなくしてレモンサワーと煮込みが届く。お通しはなし。これも都会には珍しい、下町的な良心。
煮込みは味噌ベースの白モツの煮込み。根菜にこんにゃくが入り、実にオーソドックスなもの。
もつ焼き4本セットは今回はタレで。内容はハツ、レバ、シロ、カシラ。これが実に大ぶりな串。
口いっぱいに一口のモツを頬張る、というのはありそうでなかなかないことだ。
タレは醤油が強めに乗るキリッとしたタイプの、これまた下町の伝統的なカラ目のタレ。
煮込みと言い、もつ焼きのタレと言い、ここが渋谷ではなく、俺が慣れ親しんだ東京下町のような錯覚。

開け放たれた入口の外に目をやると。その往来は多く、渋谷そのものである。
渋谷という、都会のど真ん中の居酒屋で、独りもつ焼きを食らいながら、行き交う人々を眺める。
カウンターに座る独り客はもはや俺一人となった。それでも不思議と孤独感を感じることはない。
それはこの店が持つ雰囲気がそうさせているのだろう、渋谷らしからぬ下町風情が。

続いて追加で頼んだのは「熊玉」という食べ物。どうやらここの名物らしい。そして好物のらっきょう。
らっきょうは思いっきり業務用な感じであったが、値段に比して量はたっぷり、それで十分ってものだ。
「熊玉」とは、青ねぎをたっぷりと入れた卵焼きのこと。見た目は卵焼きというよりはオムレツだが、
青ねぎのシャキシャキ感と卵のフワフワ感が絶妙。なぜに「熊玉」かは不明。当然熊は入っていない。

梅酒のロックを追加し、チビリチビリとやっていると、時刻は22時になろうかというところ。
さすがに渋谷とはいえ、日曜のこれくらいの時間だと店内もだいぶ落ち着いてくる。
ホール係は若い女性、調理場には2名の若い男性。とはいえ渋谷でたむろしているような若者ではない。
焼き場担当にはこの店の大将か、まさに大衆酒場を仕切る親父さんといった風情でいる。

そんな店内を眺めたり、開け放たれた入口から外の往来を眺めたり、テーブル席の会話に耳を傾けたり、
物思いに耽ってみたり、時折外から入り込む風を感じながら、独りの時間がゆったりと過ぎてゆく。

冒頭にも書いたが、俺は渋谷という街が嫌いだ。それは俺が独りを好むという理由もあろう。
なかなか独りで渋谷という街に溶け込むのは難しい。実際は違うかもしれないが、俺には難しい。
そこには、徒党を組んだり、自分の影を消してまでも誰かと繋がっていることのできない俺が、
そういうことのできる人たちに対するやっかみもどこかにあるのかもしれない。
しかしながら、この「鳥市」で過ごした1時間程度の時間、これは紛れもなく心地よい時間であった。
なにか、俺が居場所を見つけられない渋谷という街で、初めて居場所を見つけたような感覚であった。

2013年11月20日深夜 マサゴロウ

鳥市(食べログ)



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2013年10月25日

酒弱男の居酒屋探訪記(その1):「山利喜本館」(森下)


江東区は森下、山利喜と言えば、東京の大衆酒場では超有名店である。
誰が言いだしたかはわからないが、東京3大煮込みのひとつに数えられ、
雑誌、テレビ等のメディアへの露出も多い。

江東区森下と言えば、両国と門前仲町に挟まれた、東京の下町である。
木場や深川にもほど近く、川に囲まれたような地理にある。
これと言って名所や名物というものは存在しないが、本当の下町情緒を感じる街である。
本当の下町情緒とは、そこに人が住んでいるということ、生活を感じられるという意味だ。

新大橋通りと清澄通りが交差する森下交差点。
車がひっきりなしに行きかうその交差点の傍らに、大衆酒場「山利喜」は存在する。
今回お邪魔した本館は、数年前に鉄筋コンクリートの5階建てビルに改装されたが、
派手な大看板があるわけでもなく、意外なほどひっそりとしたたたずまいで街に溶け込んでいる。
入り口の間口も狭く、そこに「にこみ、やきとん、山利喜」と書かれた赤い大提灯がなければ、
初めて来た人は、そこが東京でも有数の有名居酒屋であるということに気付かないかもしれない。

訪問したのは10月某日の土曜日。17時の口開けを少し回った頃のことである。
我々が通されたのは、地下1階にある掘りごたつ式の座敷が数卓あるフロア。
板張りの床に、そこを裸足でてきぱきと動く、威勢のいい掛け声の従業員、
若干ぎゅうぎゅう詰め感のある店内レイアウト、これはまさに下町の大衆酒場そのものだ。

しかしどうだろう、にぎわう客席に目をやれば、女性のみのグループ客がワインを開けている。
別の卓に目をやれば、こ洒落たメガネをかけたサラリーマン風の男性が接待をしている。
そこには下町のもつ焼き屋にありがちな、ともすれば小汚いオヤジは存在しないのである。

大衆酒場然とした店内の造作に、大衆酒場とは若干雰囲気の違う客層。
何とも違和感というか、不思議な感じのする店内の雰囲気。これが山利喜ワールドの始まりだった。

山利喜といえば、何はともあれ煮込みにもつ焼きである。
煮込みは東京3大煮込みのひとつと言われ、大鍋5杯分を1日で売り切る人気商品らしい。
八丁味噌をベースに、野菜などを入れずに牛シロとギアラのみを煮込んで作られる煮込みは、
フランス料理の修業もした今の店主(3代目)により、ブーケガルニ等が加えられ、
一般的なもつ煮込みとは一線を画す、この店でしか食べられない煮込みを作り上げている。

さて、目の前に煮込みが到着する。
素焼きの皿に小分けされ、直接火にかけられるので、グツグツと沸騰しながら供される。
真っ黒な煮汁にプリプリと音を立てんばかりの牛もつ、そこには瑞々しいネギが盛られる。
八丁味噌の香りに肉々しい香り、そこに香草の香りが鼻孔をくすぐるが、そこにもつ臭さは感じられない。
グツグツと音を立てる煮込みを目の前に、猫舌の俺はそんなのお構いなしに口に運んだ。
食い気が猫舌を越えた瞬間だ。

「ほぅ」。

煮込みを一口食べた俺は思わず声に出した。
これまで食べてきた煮込みとは全くもって一線を画した、予想通りにして予想外のものだったのだ。
牛もつから出てくる脂に覆われたその煮込みは、あたかもアヒージョのようであり、
見た目の濃さを感じないのは、その脂の膜が中和させているからなのだろう。これは全くの予想外。
丁寧に下処理された牛もつは、プリプリ感を残しつつ、脂をしっかりと残しているのでトロトロだ。
歯ごたえを残しながらトロりと溶けていくその食感は、見た目通り、そして予想通りのものであった。
いや、予想を超えたという予想通りという表現が正確かもしれない。

なるほど、この煮込みはワインに合うのだろう。俺はワインは飲めないが、そう思う。
東京下町のもつ煮込みの一般的なイメージというよりは、どこか上品なシチューに近い煮込み。
考えてもみれば、シチューだって煮込みなのだ。これなら女性にも抵抗なく食べられるだろう。

この煮込みは「玉子入り」もあり、また、ガーリックトーストを添えて食べることもできる。
煮込みの汁をガーリックトーストですくって食べるのだ。これまた上品にしてワイン向け。
俺もそうしてみたが、個人的にはガーリックトーストのにんにくの主張も弱く、
上品な煮込みに上品なガーリックトーストで、主張を弱め合ってしまっていた感がある。
もう少し時間が経って、煮詰まった煮込みだったらまた印象も変わっただろうが…。

さて、山利喜もうひとつの看板であるもつ焼き、やきとんであるが、
今回食べたのは、軟骨たたき、かしら、レバをたれで、軟骨、こぶくろを塩で。
軟骨たたきは、軟骨を叩いたつくねで、1日20本程度の限定品ということだ。
どれも丁寧な下処理がされ、臭みもなく、1品料理として通用するような上品なものだった。
それぞれの部位の特徴をしっかりと生かし、炭の香りがし、できそうでできない定石のもつ焼き。
たれは若干みりんが強いのか、甘めのものであり、これも万人受け、女性受け、ワイン向けなのだろう。
個人的には下町に多い、醤油が立った、辛めのタレが好きだが、これは好みの問題だ。

他に注文したのは、がつ刺し、おしんこ盛り、スミイカと分葱のぬた、ピクルス、くさや、焼きぎんなん。
印象的だったのはスミイカと分葱のぬた。ぬたと言えば一般的に酢味噌がかけられたものだが、
ここでは八丁味噌ベースと思われる、田楽味噌風のものがかけられたものだった。
いかの旨味を感じるというよりは、食感を楽しむ向きの強いスミイカだけに、これはこれであり。
この濃厚な甘みがこれまたワインに合ったりするんだろうな、なんて思ったりもした。

もう一つ印象的だったのがくさや。くさやといえば俺の好物なのだが、ここでは小ぶりのムロアジ。
見た目からして焼き過ぎなのはわかったが、案の定しっとり感は消え、食感はアタリメのごとし。
炭の香りが乗っているのはわかるが、焼き過ぎてくさやの香りも飛んでしまっている。
これは完全にハズれたと思いつつも、久々のくさやに手は止まることなく、口に運ばれる。
そして最後、頭が残ったのだが、これには驚かされた。
小ぶりのムロアジゆえに頭まで食べられるということなのだろうが、頭を食べたのは初めて。
身の部分は完全に焼き過ぎで味わいも風味も落としていたが、この頭は良く焼かれた故の傑作。
パリパリの食感に頭の苦みと旨味、そこにくさやの風味が濃厚に絡んでくる様は絶品の一言。
この頭を食べさせるために身を犠牲にした、あの焼き過ぎは確信犯かとも思えてしまうほどのもの。
個人的にはこの日食べたものの中でナンバーワンを与えたい。

さて、今回探訪した江東区は森下、山利喜であるが、全体的にとにかく上品という印象。
フランス料理の経験を積んだ3代目店主の影響も大きいのだろう。
もつ焼き、煮込みという下町グルメ。そこには下町ならではの、どこか下品さも付きまとう物。
それを万人に、特に女性にも受けるようにという意識が随所に感じられた。
個人的には、焼き物やもつ刺しの種類の少なさに、もつを看板にする店にしては物足りなさも感じたが、
もつに関しては少数精鋭の素晴らしさ。他のつまみもオーソドックスな中にも随所に工夫が光っていた。
なるほど、万人向けのもつ焼き店、いや、万人向けの大衆酒場、いや、万人向けの山利喜なのだ。

この山利喜という酒場のキーワードは、「存在感」だろう。
オーソドックスにして革新的、山利喜でなければ味わえないものがそこにある。
それはもちろん「味」だけのことではなく、「雰囲気」や「空気感」も含むものである。
まさしくオンリーワン。しかも万人に受けるオンリーワン。ということは、ナンバーワンなのだろう。

東京を代表する大衆酒場、その底力に魅了された居酒屋探訪であった。

2013年10月25日 マサゴロウ

山利喜本館(食べログ)

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2013年10月20日

酒弱男の居酒屋探訪記:はじめに


さて、このブログでは音楽の話題1本でいこうと思ってはいたのだが、
それだけでは間が持たなくなる恐れもあるので、カテゴリーを追加しようと思う。
題して「酒弱男の居酒屋探訪記」。テーマはズバリ「居酒屋」である。

始めに断わっておくが、俺はめっぽう酒に弱い。普段酒を飲むことはまずない。
基本的に、人生において酒なぞなくても一向に構わない、と思っているくらいである。
それでも、少量の酒で味わえる酔っぱらった感が実は好きだったりするし、
男女問わず自分の好きな人と、忌憚なく飲む酒と、そこに流れる時間がたまらなく好きだったりする。
アッという間に酔っ払い、アッという間に気持ち良くなり、アッという間に気持ち悪くなる。
一歩間違えば下戸と言われてしまいそうだが、そういうことが好きなのだろう。

この新カテゴリー、「酒弱男の居酒屋探訪記」では、そんな、大して飲めない俺が、
居酒屋を探訪し、その店の味、雰囲気を伝えるというものだ。
大酒を飲まない(飲めない)俺だからこそ着眼できることもあるのではないか、と。

そして、このカテゴリーを書くにあたり、俺の中でルールを設けた。
それは、「写真を載せない」ということ。
今や某大手のグルメ口コミサイトやグルメ系のブログでは、画像満載であるのがほとんどだ。
確かにそれは店や料理を、視覚に直接的に伝えてくれるし、情報としては大変便利なのもだ。
しかし、俺は俺の言葉のみで、その居酒屋を紹介したいと思う。
俺の文章と言えば、長く、回りくどく、格段俺に文章力があるとは自分でも全く感じられない。
しかし、読んでくれる人が想像力を掻き立てられ、実際に店に行ったように感じられれば、と思う。
なかなか上手くはいかないだろうが、お付き合い願いたいところである。

ちなみに、俺が口にする酒と言えば、梅酒か梅サワーか、レモンサワーか、それくらいだ。
ビールの旨さはちっともわからないし、焼酎をロックで口にできる人の気が知れない。
よって、酒のことをあれやこれや書くことはできないし、評価もできない。
メインとなるのは食い物とその酒場の雰囲気である。

大して酒も飲めない男が居酒屋を探訪し、文字だけでその店を伝える。
さて、いったいどうなっていくことやら…。乞うご期待。

追記:第1弾(江東区某店)と第2弾(渋谷区某店)はすでに探訪済み。近日アップ予定。

2013年10月19日 マサゴロウ



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